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4-28 航と姫宮 2

last update Last Updated: 2025-05-15 20:25:15

「違う! 朱莉は……そんな女じゃない! あいつは……あの男は……!」

そこまで言いかけた時、背後から突然声をかけられた。

「安西航さんですよね?」

「……」

黙って振り向くとそこに立っていたのは姫宮だった。

「あんた……やっぱり俺のこと知ってるんだな? 誰の入れ知恵だ? 京極か?」

「……」

しかし姫宮は答えない。

「フン……黙っているってのは肯定ってことだよな……。俺に何の用だよ」

「それはご自身が良く分かっていると思いますが?」

そして姫宮は航の後ろに立っていた美幸に声をかけた。

「申し訳ございません、少々安西さんをお借りしてもよろしいですか?」

「は、はい……」

美幸は返事をすると俯いた。

「彼女の許可も頂きましたし……少し場所を変えましょう」

姫宮の言葉に航は反論した。

「別に彼女じゃない。只の知り合いだ」

その言葉に美幸は傷付いた様に肩をビクリと震わせた。姫宮は美幸をチラリと見るとニコリと微笑んだ。

「お話は長くはかかりません。5分程で戻って参りますね」

そして再び航を振り向く。

「私についてきて下さい」

****

 人通りのない広場の隅に姫宮は航を連れて来ると立ち止まり、振り向いた。

「貴方は何を考えているのですか? 朱莉様を困らせたいのですか?」

「な……何でお前にそんなこと言われなくちゃならないんだ? 俺が朱莉を困らせたいだって? そんなのあるはず無いだろう!」

「ですが貴方の取った行動はどう見ても朱莉様を困らせる様にしか思えません。よろしいですか? ここを何処だと思っているのです? 鳴海グループ総合商社の本社ビルですよ? 点灯式を目的に大勢の人達も集まっている中……仮にも副社長の妻である赤ちゃん連れの朱莉様を人目も気にせず抱きしめて、副社長がその場にいるとは思わなかったのですか?」

「俺は認めちゃいない! あんな偽善の結婚……!」

「それでも世間が何と言おうと、今朱莉様は正式な鳴海翔の妻なのですよ」

「……」

航は何も答えることが出来なかった。

「……これから恐らく朱莉様は副社長に貴方との関係を追及されるでしょう。お気の毒に……。先程貴方の取った行動は朱莉様を窮地に追い込むだけだと言うのが分からないのですか?」

「そ、それは……」

「貴方が話の場に出てくれば……ますます朱莉様は立場が苦しくなります。貴方が朱莉様を好きなことはあの場で明るみになって
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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-27 航と姫宮 1

     朱莉は主催関係者席のブースの一番後ろの目立たない席に蓮を抱いて座っていた。なるべく目立たないように縮こまるようにしているが、どうにも周囲から視線が集まっているような錯覚を覚えて、居心地が悪くてたまらない。正直に言えば今すぐにでも蓮を連れて帰りたい位だった。先程再会した航と翔のやり取りが頭から離れない。あれ程恐ろしい剣幕の航や翔の姿を目にしたことは初めてだった。(航君と九条さんが初めて会った時も険悪な雰囲気があったけど、今日ほどじゃ無かったのに……。それにしても何故航君はここにいたの? それにどうしてあんなことしたの? どうしよう……絶対に後で翔先輩に追及されてしまう……)朱莉は深いため息をついた。とてもではないが点灯式を楽しめる雰囲気になれそうには無かった。うつむいて席に座っている時に突如拍手が沸き起こる。何事かと顔をあげてみると、簡易ステージの上に翔が立っていた。(翔先輩……! ひょっとして挨拶するのかな……?)すると翔はマイクを手に取ると挨拶を始めた。何度も練習したのだろうか。とても聞き取りやすい声で説明をする翔の姿。その様子を見つめる若い女性客たちが大勢いることに朱莉は気が付いた。(何だか不思議な感じ……私もこの契約婚を始めたばかりの頃は翔先輩のことをあんな目で見ていたのに……でも、もう……)それなのに今の朱莉は翔のことをいつの間にか全く意識しなくなっていた自分に改めて気が付いた。翔に見つめられようが、抱き締められようが、戸惑いはあったものの…以前のように胸が高鳴ると言うことは無くなっていたのだ。(ひょっとするとレンちゃんがいるからかな? もしかしたら今の私は翔先輩を1人の男性としてではなく、レンちゃんのパパと言う目でしか見ることが出来なくなったのかもね……)朱莉は自分の胸の中でスヤスヤと眠る蓮を愛おしそうに抱きしめながら翔の話を聞いていた――**** スピーチが始まるその少し前のこと―なすすべもなく朱莉が翔に連れ去られて行く姿をただ見ているだけしか出来なかった翔は悔しそうに唇を噛み締めた。その時、背後から声をかけられた。「あ……あの……安西さん……」名前を呼ばれて振り向くとダウンコートを着た航とほぼ同年代とみられる女性が青ざめた顔で立っていた。「誰だ……?」航が尋ねると女性は目を見開く。「え……? 私ですよ? 本日

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-26 溢れる思い 2

     そして待ち合わせ時間の10分前――早々と航は会場に姿を現していた。待ち合わせの相手はまだ来ていない……と言うか、はっきり言えば航は顔も覚えていない。(まあ向こうから誘って来たって事は当然俺のこと知ってるんだろうからな……。それより鳴海翔はどこだ? まだ来ていないのか……?)目に自信がある航はキョロキョロ辺りを見渡し……ピタリと視線を止めた。(え……? そ、そんな……う、嘘だろう……?)ビルの前の噴水前で、航は見た。あの日、自分から一方的に別れを告げた愛しい女性……ずっと忘れられずにいた朱莉がいたのだ。ベレー帽をかぶり、ロングコート姿にベビーカーを押している。遠目からでも分かる、群を抜いたその美しい姿……。(あ……朱莉……)航の胸に熱いものが込み上げてきた。「朱莉!!」気付けば大声で名前を呼んでいた。驚いて振り向く朱莉の姿は本当に綺麗だった。息せき切って、航は朱莉の前に駆け寄った。「え……? まさか……航君なの……?」目を見開いて自分を見つめる朱莉を見て、航の理性は飛んでしまった。「あ……朱莉……。会いたかった……!」ここは鳴海グループの本社。大勢の人がいるのは十分承知していた。それにも拘らず、朱莉の肩を掴んで引き寄せると航は力強く朱莉を抱きしめていた。 感極まって抱きしめている航とは対照的に朱莉は焦っていた。航が現れたことも驚きだったが、大勢の前で抱きしめられるのはさすがにマズい。何とか話して貰おうと、朱莉は声をかけた。「あ……あのね……わ、航君……!」しかし、航は涙声で言った。「た……頼む……朱莉……もう少しだけ……こ、このままで……」「航君……? ひょっとして泣いているの……? ど、どうして? だけど……!)――その時。「おい……何をしているんだ?」航の背後で恐ろしい声が聞こえてきた。ハッとなって航が朱莉から離れると現れたのは翔だった。翔は朱莉を引き寄せ、腕に囲い込むと航を睨みつけてきた。「君は一体誰なんだ? 俺の妻に何をしている?」「しょ、翔さん!?」朱莉は初めて翔から妻と呼ばれた。しかも翔の様子がおかしい。今迄見たことも無い位、怒りに満ちた形相をしている。「鳴海……翔……!」(この男が……朱莉を苦しめる全ての元凶だ……!)航も翔を睨み付けた。「何? お前、俺のことを知っているのか?」翔はます

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-25 溢れる思い 1

     それは、本日の昼間の出来事だった……。——12時半対象者を見張りつつ、航はコンビニで買って来たお茶とおにぎりを頬張っていた。「ふう〜……しかし、寒いな……。それに天気もいまいちだ。この寒さならひょっとして今日はホワイト・クリスマスになるかもな……」航はおにぎりを食べ終わると、手をこすり合わせて息を吹きかけた。対象者がホテルから出てきたところを望遠レンズカメラで撮影して証拠を押さえる。それが今日航に課せられた仕事だ。「う〜っ! マジで寒い! 明日からカイロを持ってくるか……」その時、不意に航のスマホが鳴った。「チッ! 誰だよ……」舌打ちしながら航は着信を見た。「前田美幸……? 誰だったかな……」いっそ電話を切ってやろうかと思ったが、再びかかってこられてはたまらない。やむを得ず航は電話に出ることにした。「もしもし……」『あ、あの安西航さんですか!?』受話器越しから妙にキンキン越えの女の声が聞こえてきた。「はい、そうですけど?」(何だ? この女……)『私の事覚えていますか?』「いいえ。悪いけどちっとも覚えていません」『そうですか……』受話器の向こうからは落胆した声が聞こえてくるが、航にはどうしようもない。(仕方ないだろう? 覚えていないんだから)『あの……半月ほど前、合コンしましたよね?』(合コン? 合コン……ああ、あの時のか)あの日の夜――**** 部屋で1人大して面白くもないバラエティ番組を見ていたら突然友人から飲み会の誘いがあって、行ってみると何とそこは合コンの場面だったのだ。騙されたと思ったが、来て早々に帰るのも失礼だと思い、取り合えず航はお酒を飲むのに没頭することにした。相手の女性達は4名。そしてこちらも4名。航はビールを飲みながら、友人達を見ると全員がだらしないほど顔を緩めて女性達に話しかけている。(全く……合コンなんてくだらない)航の目には今目の前にいる女性達は、はっきり言って全く好みでは無かった。全員食べ物の匂いが分からなくなりそうなほどきつい香水をつけている。無駄に厚化粧で、妙に男を意識した様な服装……何から何まで航の許容範囲を超えていた。(朱莉……やっぱり俺はお前じゃなきゃ駄目だ……)朱莉のことは諦めなければいけないのに、未だ未練たらしく1人の女性を思い続けている自分が情けないと航自身

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   4-12 聖夜の奇跡 2

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